裏職

2012年01月28日

あのね、うんとね、スキーが苦手なんだよ。

というよりか、スキ−やったことないです。
間違い。小学校のスキー教室以降、やってないです。
そう、あれは13年前。ちょっとだけボードしました。
そうそう、10年くらい前に、ノルディックスキーで斜面を滑って転けまくった経験もあります。
でも、ホントにスキーは11歳の時が最後。

さて、昔と違って行事縮小が続いている一般的な裏職現場において、現勤務地はどこ吹く風。
毎週日曜日と平日1日、スキー教室があります。

スキー教室ですが、彼らは幼少の砌からスキーに乗っているわけです。つまりは経験者。
その中で自分が一人、明日のスキーに心躍らせているわけです。
間違い。体震わせているわけです。
ケガするんじゃないかい?って。

年4回のスキー教室のうち、3回は貸しスキーのない場所。
まわりから何とか調達しようと思いましたが、断念。
仕事帰りに郊外スポーツ店へ。(近くの店はスキー自体なし)
スキー売り場に行くも、あれ?どこか風変わりなスキーしか置いていない…。
J「あの、普通のスキーって置いていますか?」
店「普通と言いますと?」
J「えっと、先が細くてもっと長くて…」
店「今はこういったカービングスキーになっているんですよ」

ほう!そうなんだね!恥ずかしいね!
その後、店員さんから教えていただいたおそらくそのカービングスキーになった経緯や、カービングスキーの特徴やらは、今はひとつも思い出せません。
ウェアは遠くで何かあっても目立つよう、上が赤です。
だから赤っぽい板にしたかったのに、話の流れで青っぽいのになりました。
まあ、ゴーグル青っぽいからな。
というか、ホントにそんなに簡単に決めてよかったものか。
久しぶりに熟考しないで決めてしまいました。

ともあれ、自分も板持ち、靴持ちになったわけです。
その気になるでしょう。
形から入る派の自分としてはベストな選択です。

さあ、明日。
ケガしないで帰還した暁には、ここで詳細を報告させていただきますばい。

2012年01月15日

チビッコ丸。

先日、2年前の写真を見ていたら、その日の服と同じってことに気付きました。
服を買いに行かなくては。そう思い立ったものの、近所には何もなく。
どこに行こうか考えたあげく、名取エアリに。

駐車場も止められないほど人いっぱい。
数年ぶりの紅虎餃子房でお腹いっぱい。
バーゲン買い物5割引で心もいっぱい。

人に酔って帰宅です。
もう町民なのですから、仕方のないことです。

そういえば震災後初めての名取海側エリア。
もう10か月も行っていないのだから、何らかの精神的影響が働いていたのは確かです。

帰りに通った我が思い出の地。
閖上小学校。
自分がよく思い出として語る大学時代のすぐ後、一番はじめに数か月赴任した学校です。
確か語ったことはないかも。いろいろな意味で、実は思い出に残っています。

120115_150329帰り道、ちょっとだけ回って閖小の校庭へ。
思い出のチビッコ丸。
自分が初めて教壇に立った(って感じじゃなかっただろうけど)教室。
周りの変わり果てた風景。
涙が出ました。

明日からまた、新しい週が始まります。
考えたこと、多くの意味でここには書けませんが、きちんと心に秘めて過ごしていく所存であります。

2011年11月07日

1か月ぶりーフ。

あっという間に1か月。
お久しぶりっこです。

今日は昨日の学芸会で、代休です。
今から息子とお出かけします。

さて、昨日は初めての学芸会でした。
「おじんつぁん、おばんつぁんが喜ぶもの」がいいよ、はじめにそう言われてました。
孫がいる、いないにかかわらず、地域の方々が、地域の行事として来るというのです。

そういうコンセプトで作り始めた「水戸黄門」。
一番苦労したのが、キャストの少なさです。
これまではどうやって60〜70人の子どもたちをうまく出演させようか、そこに難しさを感じるんですが、今回は全員で6人。
ご隠居、助・格、八兵衛、お銀、弥七で終わりじゃん。
ということで、今回はお銀と弥七をカット、隠密行動は全て八兵衛にさせ、村娘とお代官を設定。
あとはどうしても悪徳問屋や手下が欲しかったので、自分が悪徳問屋。手下はちょい役で高学年にお願い。

20111106いい人だから悪役は無理だという下馬評(笑)を覆しました。
もみあげボリュームアップで、どうです、この悪そうな顔!
他の細かな演出も、笑っていただきました。
ありがとうございます。
やっぱり単純に悪を懲らしめハッピーエンドのお話がわかりやすいですよね。


被災地に勤務している友達が、学習発表会で勇気づける歌を歌ったとのこと。
大きな被害の無かったうちの学校でも、やっぱりその気持ちをもって、今回の行事をつくりたい。
少なくとも子どもたちには、無事に行事ができる幸せを感じ、考えてもらいたい。
そういった全校の出し物も自分的には大成功でした。
中日の日本シリーズ進出が決定して程なく、眠りにつきました。

中日については、完全優勝を果たしてから日記書きますから。

さあ、もうちょっと忙しい日々は続きますが、こうして忙しくいられることに幸せを感じながら。
がんばります。
まずは1日、息子と楽しく過ごしてきます。行ってきマスカット。

2011年10月10日

おらほの学校。

久しぶりに裏職の話題。
4月に、新しい勤務地に異動しました。これは前に書いたかな。

裏職について10年以上、ずっと同規模の学校に勤めてきました。
同じ学年には何人かの先生がいて、クラスには30人の子どもたちがいる。
そんな世界で働いてきました。

震災のあと、しばらく校舎に入れずにいた時に、体育館のステージの陰でボスから命ぜられた勤務先は、へき地校。
全校児童13人。
うちのクラスは5人。

4月から数多くのカルチャーショックを受けてきました。
いい意味でも悪い意味でも。
昔から変わらない、地域がつくる学校。
でも「今」という時代にあるからこそ、昔とまるで同じではいられないジレンマも。
そして自分自身の、震災後だからこそ感じる非日常の何らかの感情も相まって、なんだかあっという間の半年が過ぎました。

勉強も兼ねて先週末、へき地研究大会に参加してきました。
友人がへき地校にいたとき、よく聞いていたへき地研。
参加している皆さんの話を聞いてみれば、なんか悩みは同じ。
へき地だからハンデやデメリットがあるのではなく、へき地だからできる、へき地でしかできない教育がある。
そんな話に、大きく頷いた自分がいました。

何ができるのかはまだまだ模索中。
子どもたちが「おらほの学校」って胸を張れるものをみんなでつくっていきたい。
子どもたちが大きな世界へ羽ばたいたときに、図々しくたくましく進んでいける力をつけてあげたい。
それはどこの学校でも変わらない、自分の大きな目標です。

とってもいいところです。
もしよければ、遊びに来てくださいな。



さてさて。
落合ドラゴンズの連覇に向けて、今日からヤクルト戦。
気合いを入れて応援します。しようね一緒に。

2011年04月12日

いのちの歌。

あの日から1か月が過ぎました。
早いような,ずっと前のような。

あの日,あの時刻。
自分は東松島市内の学校の講堂にいました。
残り1週間と迫った卒業式。練習も大詰めを迎えていました。

この学校も8年目が終わろうとしている頃。
自分は異動の内示を受けていました。
この学校を卒業するのは,子どもたちだけではない。自分もである。
この子達は1年間頑張ってきた。いや,6年間頑張ってきた。
その子どもたちをしっかり送り出したい。
それが子どもたちのフィナーレであり,自分のフィナーレ。
共に最高の思い出をつくろう。
そんな思いで毎日過ごしていました。

あのときまでは。


あのとき。
永遠に続くのかとさえ思えた2分半が,全部を夢にしてしまいました。

いやいや,自分の思いなんてちっちゃい。
たくさんの人の,たくさんの大切なものが,奪われました。




星の明かりだけが妙にきれいな夜。
空気が気持ち悪いほど気持ちのいい明け方。
全く聞いたこともないようなラジオや防災無線の内容。
本当にまるで分からない家族や友人の安否。
そんな非日常を過ごしました。

だからこそ。

いつもの街の灯。
いつものご飯。いつものお買い物。
いつもの会話。いつものお風呂。
そんな日常のありがたさを,感じることができました。





3月28日,簡略した卒業式を行いました。
時間短縮厳命のなか,強引に入れてもらったもの。
それは卒業生からの歌。
もともとは子どもたちのがんばりを伝統として引き継いでもらいたい,そういうメッセージの歌。
今聴けば,ちがう思いがこみ上げてくる歌。いい歌です。
どうしても歌わせたくて,聴いてもらいたくて,頑張りました。
子どもたちは急な変更で感動どころではない様子。
でもこの歌を。
この歌に出逢った年に起こったことを,忘れはしないと思います。


 「いのちの歌」

  生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに
  胸をよぎる 愛しい人々のあたたかさ
  この星の片隅で めぐり会えた奇跡は
  どんな宝石よりも たいせつな宝物
  泣きたい日もある 絶望に嘆く日も
  そんな時そばにいて 寄り添うあなたの影
  二人で歌えば 懐かしくよみがえる
  ふるさとの夕焼けの 優しいあのぬくもり

   本当にだいじなものは 隠れて見えない
   ささやかすぎる日々の中に かけがえない喜びがある

  いつかは誰でも この星にさよならを
  する時が来るけれど 命は継がれてゆく
  生まれてきたこと 育ててもらえたこと
  出会ったこと 笑ったこと
  そのすべてにありがとう
  このいのちにありがとう

自分はしっかり聴きました。
もとい、一緒に歌いました。


自分は,いのちもある。
家族も無事。仕事もある。車だってある。
あの被災地の風景を見てきて,思い出す度に,奇跡的なことだと思っています。
でもどうしても。
どこかで複雑すぎてうまく解釈できない思いが胸の奥に詰まったままです。
あの日から1か月以上過ぎた今も,これを打っている今も,やっぱり何か拭えないでいるのです。

自分は何も言えないし,何もできない。
ただただ,自分は自分のレベルで,今の生活を続けることしかできません。
先が見えないせいか,病なのか,泣きたくなります。
でもやっぱり,ただただその焦燥に耐えることしかできません。
ごめんなさい。



今,新しい職場に勤務しています。
山に囲まれた,穏やかなところです。
異動凍結も兼務辞令もなく,後ろ髪を引かれる思いで赴任してきました。
でも今日,はじめて子どもたちと顔を合わせました。
その無邪気さに,安心しました。
今週金曜日は,あのとき一緒だった卒業生に会います。

本当に大事なものを伝えること。
それができる仕事に就いていて,よかったと感じています。
自分にとって救いです。そして支えです。

書き下ろしの感が拭えない稚拙な文章ですが,今は本当にこの程度です。

明日も頑張ります。

2010年05月28日

11度目の会津にて。

39f6c3cc.jpg5月下旬だといつもは30℃近い会津若松、今日はなんと最高18℃。長袖3枚着てました。
みんな寝静まったようなので、寝ていなくても自己責任なので、寝まーす。
明日は日新館と喜多方ラーメン。楽しみー。

2010年05月26日

さわやかに跳んでいたはず。

裏職話。
市で取り組む、15分間運動「チャレンジデー」企画に取材が来るとの話が。
雨なら来ないという話はまったくもってガセネタで、しっかりやって参りました。
長縄みんなでがんばりました。
カメラの前でさわやかな汗を流しました。
18:00からの地方番組で流れるという話を聞いて、楽しみにしていたのに諸事情で視聴不可。
メールが数件来たのできっとさわやかに跳躍する姿が映っていたのだと。

というわけで明日は生涯11度目の会津探訪。
行って参ります。

2010年05月17日

日記をつけてやる。

挑発的なタイトルでごめんなさい。
さっきから頭の中にSPITZの名曲「名前をつけてやる」がぐるぐるしているもので。

今日は裏職の研修。10年研です。
裏職に就いてから10年が経過したわけで。
実感はないけど、うん、時間の経過は久しぶりに顔を合わせた同期で一目瞭然。
よくよく考えれば毎日のぞき込む鏡の中の自分の顔やア○マからだって。
10年というのは恐ろしい年月です。

そういやこのブログの前身「さわやかリーダー日記」は、採用になって1年後の5月26日に開始。
もうすぐ10年目突入じゃないですか、地味に。
それをフェードアウトさせていくのは勿体ないさね。

これまでの10年。いろいろあったな。
確かに10年前とは全部違っているから、仕方のないところもあるけど。

これからの10年。いろいろあるよね。
それを綴っておくのとおかないのとでは、違うだろうなあ。

稚拙なものでも。
その日感じたこと、考えたこと。
金コラと同じく週1にしようというのは開設当初の設定。
倣いましょう。曜日は決めずに最低ノルマとして。

いい意味で期待を裏切りますわ。
よろしくご贔屓くださいまし。




で、今日の感想。
あと10年後に会ったときに「やあ、変わっていないね!」を目標に。

2010年04月30日

駆け抜けて気がつけば。

あと5分で5月です。
今日は大人な飲み会でした。
連休中にいろいろ追記します。
できるといいな。
皆様よきゴールデンを♪

2010年03月31日

さよならアナ先生。

316276ce.jpg今日で平成21年度も終了です。
本年は裏職でブログにも大変支障を来しました。
20日に無事卒業式で旅立っていくまでノンストップでした。
でも良い式だったと思っています。
100%じゃないにせよ,あの子たちが力を出し切ろうと見せた表情には大きな価値があります。
たとえそうは見えなくとも,父さんはわかっていたんだよ。
どうもありがとう。バイバイ。また会う日まで。

そして待っていたのは,毎度の年度末激務。
その最中の,こちらも恒例送別会in一の坊でお泊まり。
今年も去りゆく仲間を見送る役。
4月から8年目となります。今の職場に来たときのメンバーは今回の異動で誰もいなくなりました。
2時過ぎまで別れを惜しみ,寝ぼけまなこで足を運んだ朝食会場で偶然遭遇したのはアナ先生。
この日記←に登場した先生です。昨年度お世話になったALTです。
話をしてみれば,4月にシカゴに戻るとのこと。
なんかしんみり。
お別れのあいさつをしたかったんですが,勿論複雑な僕の気持ちを英語にして伝えることは難しく,同僚も一緒だったためにさようなら。
その後,他の同僚からシカゴで医者になる勉強をするという情報を聞きました。

さてさて。飯も食い終わった,その日はKスタ開幕戦。
一度自宅に戻ってスタジアムに向かわなくては。
その前に立ち寄ったお土産やさんでアナ先生に遭遇。

I wish you to be doctor!

精一杯でした。文法的に如何なもんかというツッコミ無しで。
握手を求めたアナ先生の目には涙が浮かんでました。
もう会うことはないんだろうな。さよなら,アナ先生。

きちんとお別れできてよかった。ありがとう,アナ先生。

数時間後,福盛の大炎上で違う涙を流しましたとさ。



そしていよいよ明日から新年度です。
年をとれば取るほど増える責任,増える仕事,そして今年は10年研。
またブログの遅滞などあるかとは思いますが,週1を目標に皆様とお会いできたらと思っております。

忘れていましたが,写真はKANちゃんアルバムの前でポーズを取る息子です。
2日後はルックスツアーの仙台公演。
新年度の英気を養います。
皆様も頑張ってこの時期を乗り越えましょうね。ではごきげんよう。
profile
J.O.
世の中って不条理だらけよね。
こんな世の中でもさわやかに。
さわやかトリオリーダーJ.O.です。
さわやかトリオ公式WEBSITE
「さわやかすぎる部屋」
ご愛顧の程よろしく。
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